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忌野清志郎!?

テレビで忌野清志郎の特集がありました。

堅物で有名な?バー様ですが、面白くて最後まで見てしまいました。

 

3歳のとき、実の母を亡くし、叔母夫婦に養子として引き取られ、育てられる。

学校生活は音楽は苦手で通知表は1。他の科目は5か4。

いつも屋上で寝っ転がって、たばこを吸ったり、トランジスタラジオを聞いていたそうです。

洋楽に夢中になる。学業はおろそかになっていく。

そんな頃を歌ったのが「トランジスタラジオ」

高校は、卒業できるには、どれだけサボれるか、一覧表を書いてサボるだけサボる。

ただ担任は美術の先生だったけど、卒業時には、その美術の単位が足りないことがわかり、先生に泣きつく。

先生は、絵を一枚描くことで単位をあげる。と言うことで、清志郎は自画像を描いて乗り切る。

このとき担任の先生は、清志郎の話に、耳を傾け、よく二人の時間を過ごした。

清志郎はこの先生との時間が癒やしであったんだろうな。

そして、この先生は、清志郎が勉強しない!芸能界に行きたいと言うことを心配して相談しに来た母親に、

「若いときは、本当にやりたいことがわかったのなら、3〜4年思うようにさせてみたらいいんじゃないですか!?」

と、清志郎を援護してくれた。(TVではまだご存命でした。包容力のある優しいおじいさんでした!)

この先生が「僕の好きなおじさん」!なるほど・・・納得です。

お母さんは、訳のわからない息子を心配して、新聞の人生相談 に投書もしていて・・・笑ってしまいまし。

また、母親が病気になった時は、養子の自分をここまで育ててくれたと、何度も病院に見舞いに行ったそうです。

親が亡くなって、できたのが「デイドリームビリーバー」彼女はクイーン!恋愛の歌と思っていたらお母さんなんだ・・・

 

忌野清志郎と言ったら、派手な衣装にケバい化粧。「い・け・な・いルージュマジック」ね。

全うに生きている人とは思えなかったし、興味もなかった。

でも、井上陽水と、共作の「帰れない二人」は好きだったな〜。

あと、過激な反戦運動の歌詞「covers」位しか知らなかったけど。

 

こうやって一人の人として人生を見ていくと、清志郎の歌に、彼の思いを垣間見ることができる。

少なくとも、自分にとっては何の意味もなかったただ「知ってる歌」が、共感できる好きな歌 

となりましたね。

 

バー様ってこうしてすぐ影響され、いたく感動するのでした。(笑)

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